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007 ドライバーライセンスを持つ男!

前日の日記で、力への意思を持って行為してみるお!みたいなことを書きましたが、僅か1日で力の保持を迷っているという体たらくに陥りました。


何の話かというと、自動車です。


自転車を好んで使う人によく見られる考え方なのですが、自動車というのは身に余る力だと思っちゃうんですね。


私は1年半程前に教習所に通って自動車免許を取りました。
教習で、実際に車を運転してみて思ったのは、「この鉄の塊は人を容易く殺害できるな」
そして、「自分の僅かな見落としが、人の命を決定づけるな」
路上教習の時はホントに教官に救われました・・・。


以来完全ペーパードライバーです(笑)


確かにリラックスして運転すれば、事故の可能性というのは低いです。
でもどんなに上手い運転をする人でも、事故を起こさない保証はない。
ちょっとした油断や不運が重なった時に、事故を引き起こしてしまうものだと思います。
それはもう突然に、誰にでも降りかかってくる災厄のようなものではないでしょうか。


その時に、責任を取れるような力を持っているわけじゃないんです。人間は。
人の命に責任を持てる人なんて誰もいない。誰も命を取り戻せない。


つまり、自動車という力に対して、確実な制御ができるわけでもなければ責任も取れない。
それでも便利さのために、その思いにフタをして人は自動車に乗ってます。
乗っているうちにどんどん忘れていって・・・、取り返しのつかなくなった事態に陥って、ようやく思いだす。
自動車というのはこういう力だったのだと。


人は、自分の責任の取れない行為をするべきではないのでしょうか。
人は失敗したときのことをできるだけ考えずに、成功を求めて行為します。
結果、失敗してしまうことは誰にでもある。
その時に責任を取れるのか。無理です。
ある程度の謝罪と奉仕をして、責任を取ったということはできますが、人は元来、物事を元通りにする力はない。特に命に関しては、ある程度の責任を取るということさえも届かない。


人間は責任を取れる生き物じゃない。
でも、人間社会において、ある程度の責任を取るというのは大切なことなんです。
命に関しては、取り返しがつきません。
だから、自分は便利じゃなくなってしまうけど、それでも自動車には乗らない。
こう言うのは割と容易いんです。
でも最近になって思うのは、自分は自分だけのものじゃないということ。



自分が自動車に乗らないと決めたら、家族や友人にも便利さを提供できなくなります。
結果的には、期待されていたことの一つを裏切ってしまうことになります。わがままと言えるかもしれない。
自分のわがままを家族や友人に押し付けてもいいのでしょうか。
自動車の便利さ分の何かを、家族に与えられる力は私にはないんです。
自動車を運転することは、できるのに・・・。


自分の力は、自分だけものじゃない。
だから、力を放棄することは、周りの人々にも迷惑をかける。
うーん、運転すべきか、せざるべきか。まーやってみよまいか、慎重にいこまいか。
やってから考える!っていうスタンスなんですが、一応公道は走ってるんですよね・・・。
といいつつ実家に帰って、案外すぐに運転してみるとかいいだしそうな昂りもあり、よーわからんです。
ナルキッソスやってロードスターかっけぇ!ってなったし。
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